2026年01月18日

不来方のバス停

友人が鹿児島市吉野町に引っ越した。
慣れぬ土地らしく、遊びに来るよう頻りに連絡をよこす。先だっては、筆者を迎えに来る始末。

 車が清水町と稲荷町を通り過ぎ、吉野町へと入る。先ほどからバス停に目がいく。「南国交通」。筆者の生活圏を走らぬバスに、興味を覚える。同社のバスを利用したことがない。
友人宅で半日過ごし、帰宅の段になった。友人は自宅まで送るというが、それを断る。
南国交通のバスに乗りたくてたまらない。

 友人に最寄りのバス停まで送ってもらう。片側2車線の大通りにあるバス停で降りる。
「早馬」のバス停で、「はやま」と読む由。かつて、吉野村に島津氏の牧場があったと三国名勝図絵で目にした。その名残りかもしれない。
友人曰く、このバス停で乗車して、「栄町」で降りればよいとのこと。

 しばらくすると、バスが到着した。
早馬を出ると、バスは下りつつ柿之迫、雀ヶ宮などの停留所に停車する。そこから崖下を走る。車内に「次は滝之神です。」のアナウンスが流れる。
辺りに民家は見当たらない。利用する客がいるのか不思議に思えるほどのロケーションである。キョロキョロしていると、バスは止まった。

 乗車口から、技能実習生と思しき3人の子たちが乗ってきた。お住まいはどこ?
不思議に思いつつ、車窓を眺める。
バスは稲荷町と清水町を過ぎ、春日町へと至る。友人が、春日町バス停の次が、栄町なりと言っていたため、ラピカカードを取り出す。

 春日町バス停を出ると、社内にアナウンスが流れる。
「次は柳町(やなぎまち)です。」 あれ?
バスは柳町を出ると、右へと車線変更する。この辺りは以前、随分と歩いた。知らぬ所ではない。それにしても、バスはどこへ向かうのだろう? 不思議に思いつつ車窓を眺める。

 バスは永田陸橋にさしかかると、アナウンスが流れる。「次は県民交流センター前です。」
バス停があるのを初めて知った。永田陸橋を眺めながら思う。このバスは平之町方面へ向かうのだろうと。

 バスは城山入口交差点に入ると、左に曲がり始める。

 なんとも、予定と予想がことごとく外れる。 楽しい!
バスは県民交流センター前の停留所に止まった。ここにバス停があるのを初めて知る。まだまだ知らぬことが多い。

 バスは電車通りに出ると、右へと大きく曲がり始めた。
posted by 山川かんきつ at 13:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月17日

地球の歩き方

 旅行ガイド本「地球の歩き方」の売れ行きが良いらしい。昨年11月21日付日経MJで知った。『ハプスブルク帝国』は、発売前に重版を達成したらしい。

H02 ハプスブルク帝国 (地球の歩き方 歴史時代) - 地球の歩き方編集室
H02 ハプスブルク帝国 (地球の歩き方 歴史時代) - 地球の歩き方編集室

同書のシリーズが、鹿児島市立図書館にあらかた揃う。「ハプスブルク帝国」に手を伸ばすと、『神秘の国の歩き方ムーJAPAN』が目に入る。
やはり、「ムー」には勝たん。同書を手に取り、席につく。

【電子限定特典付き】地球の歩き方 ムーJAPAN 〜神秘の国の歩き方〜 - 地球の歩き方編集室
【電子限定特典付き】地球の歩き方 ムーJAPAN 〜神秘の国の歩き方〜 - 地球の歩き方編集室

 内容はほぼ、雑誌『ムー』である。超古代文明にUFO、UMA、竹内文書などなど。遮「光器土偶は宇宙人?」と「キリストの墓」「ナニャドラヤ」を目にすると、懐かしさのあまり涙こぼるる。中学生の頃、読んだなあ―。

同書は、日本各地の遺跡や遺物について「ムー」的な視点で描く。
鹿児島県はどうだろう? ページをめくると「イッシー」を取りあげている。

 鹿児島県の池田湖で目撃情報があるイッシーだ。池田湖は周囲約15qの九州最大の湖で、ここで謎の生物が目撃されたのは、1978年のこと。その後新聞やテレビが特集を組んで広く知られるようになり、捜索隊なども組まれたが、クッシー同様に、鮮明な写真などは撮影されておらず、幻の生物のままになっている。

 筆者の両親が、この手の情報を好んでいた。家族で池田湖を訪れると、見物客でごった返す様だけが、記憶として残る。

昔の文献に、『開聞山古事縁起』がある。
同書に、「頴娃郡往古龍海時之事」や「景行天皇20年冬10月3日夜、国土が震動し風雷が起こった。突然、大きな山が湧き出した。池田湖はその山が、湧き出したところ」といった記述がある。雑誌『ムー』は、これらの記述をどのように表現するか、お願いしたいところである。

 『神秘の国の歩き方ムーJAPAN』を読み進めると、「旅のトラブルとマナー」と題するページが出てきた。「ムー的トラブルの場合」は、いいね! 5つの注意事項からなる。

@異星人にさらわれたら
 異星人は友好的だったことがうかがえる。つまり、こちらから危害を加えないよう心がけることが肝要なのだ。

A妖怪に襲われたら
 カッパに襲われた場合である。「河童の原動力は頭の上にある皿の水。水が無いと力を発揮できないので、もし襲われそうになった場合は、頭の皿を割ったり、乾かしたりしよう」

BUMAに襲われたら
 クッシーなどの巨大水棲爬虫類は、プレシオサウルス類と仮定すると魚食性の可能性が大。人間が捕食される心配は少ないが、警戒心が強く襲いかかってくる可能性はある。水中では相手に分があるので、十分に距離を取ろう。

C呪いにかかってしまったら
 災厄や穢れを取り除く行為、すなわち厄除けには神社や寺院に参拝するのが一般的だ。お守りなども肌身離さず身に付けておけば安心できる。

Dタイムリープしてしまったら
 現在の紙幣や硬貨は使えない可能性が大。やはりゴールドこと金。もっておくと、もしもの時に役立つかも。

 おそらく、編集者たちは楽しみながら記事を書いたに違いない。
 こういうネタになると、筆も滑らかなり。

参考文献
『地球の歩き方 神秘の国の歩き方ムーJAPAN』(地球の歩き方編集室・2024年・Gakken)
posted by 山川かんきつ at 21:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月15日

昭和20年8月7日 B25墜落の記事

 先だって、南日本新聞の「ひろば」で、昭和20年8月7日に知覧飛行場を攻撃中に墜落した米軍機に関する投稿を目にした。
墜落した米軍機は、第7航空軍所属のB25中型爆撃機ミッチェル。工藤洋三先生の論考によると、同飛行場を攻撃した米軍機は1機。260ポンド破砕爆弾1個を搭載、高度8000フィートを航行していたらしい。

 この日は、知覧飛行場の他に出水飛行場や枕崎市街地、有明地域でも投弾したようである。筆者は、第7と第5航空軍の資料を持たない。そのため、先達の研究に頼るばかり。

 投稿文に、次のような記述がある。

空を越えて飛来した米軍機の若者たちも、戦争に翻弄されて帰らぬ人となったのだ。
勝敗や国籍を超えて、戦争が奪った命の一つ一つに思いをはせて、平和を祈る心を次世代に引き継いでいくことが私たちの責務である。


 戦争が若者の命を奪った事実は、作家の澤地久枝さんも『昭和とわたし澤地久枝のこころ旅」で述べる。

昭和とわたし 澤地久枝のこころ旅 (文春新書) - 澤地 久枝
昭和とわたし 澤地久枝のこころ旅 (文春新書) - 澤地 久枝

 若者をかくも大勢死なせた日本。要するに十五年戦争のあいだ、日本では二十歳から二十二歳までの若者が非常にたくさん死んだのです。

 澤地先生の著書『記録ミッドウェー海戦』も、日米両軍の若者が命を落とした戦いとして描く。

記録 ミッドウェー海戦 (ちくま学芸文庫) - 澤地久枝
記録 ミッドウェー海戦 (ちくま学芸文庫) - 澤地久枝

 知覧といえば「特攻」である。
特攻に関する報道に接していると、国に殉じた崇高な精神といったニュアンスで伝えられる。そうした点があったかもしれない。
だが、澤地先生が指摘するとおり、二十歳前後の若者たちが命を落とした。

 孫氏の兵法に、こんな一文がある。
兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず。

戦争は国家の一大事であり、国民の生死と国家の存亡にかかわる。それゆえ、慎重に取り組まなければならない。

 孫氏の兵法は先の大戦はもとより、現在の風潮に対しても通ずるところがある。

参考文献
「南日本新聞・ひろば」2026年1月13日付
「鹿児島県内の空襲のまとめ」(工藤洋三・2023年11月25−26日 第10回空襲・戦災・戦争遺跡を考える九州・山口地区交流会)

『昭和とわたし澤地久枝のこころ旅』(澤地久枝・文春新書・2019年)
『記録ミッドウェー海戦』(澤地久枝・ちくま学芸文庫・2023年)
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2026年01月11日

寺島実郎さんのインタビュー記事

 今月9日付朝日と毎日の両新聞は、寺島実郎氏のインタビュー記事が掲載されていた。
2紙同時に掲載したことに驚く。
寺島さんの論考や講話などを好む筆者としては、この日の両紙は嬉しい限りである。
朝日の記事に、寺島さんが石破前総理と対談した際の様子を記している。

 首相がどんなに孤独で、全体知に立つ情報を必要としているか。各省庁から密度の高い情報は上がっていますが、世界を体系的に認識する仕組みがないと感じました。

 そうして記事は、牧野伸顕の回顧録に触れる。先の戦争で日本が負けた原因に、「国際情報の理解に欠けた」と同書は記しているそうだ。
寺島さんは述べる。

 情報の優先度を選別、体系化して、課題解決の戦略シナリオにする力がインテリジェンスで、その欠落です。

 「総合」する力について、清澤洌が『混迷時代の生活態度』指摘する。

総理大臣には一つの専門家じゃなれない。架空方面の知識を総合して―それは人間一人の力でありまするからそう詳細に一々知ることはできないが、少なくともプリンシプルを知って、それ等の知識を総合して、その上に政策を編むということが政治家の役目である。
こういう政治家が日本には非常に少ないのであります。


英国人などは比較的に総合的です。
ドイツ式の教育をうけた日本人には、視野が狭いという欠点があると思う。部分的には深いが総合的な才がないことが、現在のような一つの社会的な行き詰りを来した原因じゃないかと私は考える。


『証言録海軍反省会』に、「大東亜戦争戦訓調査資料 一般所見」と題する文書が掲載されている。そこにも、国際関係や戦略に総合的視野がなかった旨記されている。

[証言録]海軍反省会 - 戸 一成
[証言録]海軍反省会 - 戸 一成

寺島さんが指摘する「総合力の欠如」は、戦前と変わらないようだ。
関係するかもしれない物価高と円安である。
寺島さんは指摘する。

 国民が最も苦しんでいる物価高は食料品やエネルギー価格の高騰が原因であり、その根源は円安です。今のような過度な円安になった最大の原因は、安倍政権の経済対策「アベノミクス」です。円安に誘導する異次元金融緩和を行い、財政出動を繰り返し、財政規律を危うくしたためです。

 (日米の)金利差が縮小した今も円安は止まりません。つまり円安の原因は金利差ではなく、積極財政によって財政規律に不安が生じていることです。日本への信頼低下が原因なのです。本来なら、財政規律を重視する方向に戻るべきです。

 アベノミクスを礼賛する声もある。現在の物価高と円安の原因について、メディアは深掘りしつつ、繰り返し報道すべきかもしれない。
物価高と円安を考えれば、寺島さんの指摘通りかもしれない。



参考資料
「もがく日本のこれから」2026年1月9日付朝日新聞
「日本の立ち位置」2026年1月9日付毎日新聞
『混迷時代の生活態度』(清澤洌・千倉書房・昭和10年)
『証言録海軍反省会』(戸高一成・PHP研究所・2009年)
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2026年01月07日

日本外交を貫くもの 清澤洌

 外交評論家・清沢洌の著作『現代日本文明史第三巻 外交史』に、「日本外交を貫くもの」と題する一文がある。
同書は、昭和16年6月に刊行。アメリカとの開戦やむなしとする論調に対し、論調を冷淡に分析している。
日本の外交に対する気質として、3点挙げる。

ひとつ目。外交は物理的原則が働くそうである。

 一国の外交は、特に飛躍することもあるし、時に退嬰(たいえい)的なこともある。だが餘(あま)り飛躍しすぎても、餘り退嬰すぎても、結局は物理的原則により水平なところまで帰って来る。そしてその水平は、厳にその国の実力の線に沿うのである。
仮にこれを物理的運動といってみよう。外交史は、この運動の叙述である。


 日本の膨張と発展は厳に、日本の国力に随って進んだのを見るべきだ。
絶えざる膨張を目がけながら、しかも国力がこれを支持出来ぬような線へ逸脱しないことを心がけるのが政治家と指導者の任務だ。この点で日本は、殊に明治年間において誠実にして聡明なる政治家に恵まれていた。


 彼らは一方に無責任なる輿論に叩かれながら、そして時々に暗殺の危険に面しながら―実際また凶手に斃れた者が多かった―冒険に赴くことを拒絶した。

 この点は、鶴見俊輔や司馬遼太郎などの著作でも触れられている。
日露戦争終結までの政治指導者たちは、リアリズムを徹底しポピュリズムに流されなかった。
 
民間輿論の強硬
 二つ目は、民間の輿論が強硬であると清澤は述べる。

 日本の外交を通観して第二に感ずることは、民間の輿論が常に強硬で、政府の政策が常に慎重であったことだ。幕府の外交に始まって約90年の間、外交軟弱を以て攻撃されぬ政府を、われわれはただ一つも―恐らくは第一次、第二次近衛内閣を例外として―指摘することは出来ぬ。

 外交の別名は悉く軟弱であり、且国民的憤慨の標的である、(途中省略)
これは、わが国における特殊現象として注目を要する点だ。

 
清澤は、その原因について考察する。様々な要因を挙げるなかで、丸山眞男と似た指摘をする一文がある。

 また特殊な開国事情から、商業取引的訓練なくして直ちに国際政局に飛び込んだ関係から、外交を1個の取引と見ることが出来ず、勝敗強弱の観点からのみ観ることも、その一理由とするこが出来よう。

 外交目的は強硬にさえ出れば達せられる、外交の実があがらないのは強硬に出ないからだというのが、幕末以来の一貫した民間常識であった。
その理由は何れにもあれ、対外硬が一貫してわが国、民論の基調を為して居ることは事実である。この民論はその性質上、無責任で観念的だ。
だが、これが国民層に深く喰い込んで居る関係から、これを無視してしまうことは全く不可能である。


 わが国の外交は、この特殊な国民的感情を外にして考うることは困難だ。
この感情の弱点は、進んで止まるところを知らぬ点である。妥協は卑屈の代名詞であり、譲歩は敗北の別名であると考うるところに、余裕のある外交は生まれない。
そこにはまた前にあげた物理原則から逸脱して、国力以上の冒険に進み、国家の犠牲を非常に大ならしむる危険もあるのである。


 この外交に関する国民輿論の傾向は、過去において問題であった如く、将来の日本外交に大きな問題を投げかけるであろう。

 同書の刊行は昭和16年6月。上述した一文に、「国力以上の冒険に進み、国家の犠牲を非常に大ならしむる危険もあるのである」がある。
同書が出版された半年後、日本はアメリカ・イギリスなどの連合国との開戦に踏み切る。国力以上の冒険である。

外交と人的要素
 三つ目。清澤は外交を見る場合、対処する人にも注目せよという。清澤は述べる。

 一国の外交は国内政治の対外的表現だ。その動きは厳格に国内事情と、その実力によって制約される。同時にまた外交は国際政治の対内的表現でもある。その動きは国際政治の現実を飛び越えたる自由飛躍を許さない。
 こうして筆者は国際関係に一つの必然的な約束を認める。そしてその約束の最も大きな力が経済力であることを承認する。


 外交において、経済力は大きな要素であるらしい。清澤が述べる「実力」とは、経済力のことであろう。経済力は制約する効き目にもなるようだ。

 外交を観る場合、その局に当った個人の見識と技両がその後の影響に非常に大であることは、その時の経済的要因とは別に考えられなくてはならない。

 清澤は日本の来し方についても、次のように指摘する。

 国際政治と、国内事情と、人的要素の三つが、からみあい、因果しあって日本は発展膨張の一路を辿って来た。我等はこの一つをも軽視し無視することは不可能である

陸奥宗光や小村寿太郎、幣原喜重郎などは困難な外交をこなした。だが、国民感情からすると芳しくない。軟弱や卑屈、譲歩と評される。
清澤によると、国際関係の問題は総合的知識を必要とする。「総合(ジェネラル)」は、司馬遼太郎も『昭和という国家』で指摘している。
日本のリーダーに足りないものは、「総合」なのかもしれない。

 現在、国政の表通りで威勢の良い言動をなさる議員さんが目立つようになった。
メディアもそうした人々を取りあげる。繰り返し見せられることで、普通になってしまいそうだ。そうした状況に、違和感を覚える。
この論考は、昭和16年の様相を念頭に記されている。
清澤が指摘する本質は、現代も変わらないのでは? といった思いを強くしている。

参考文献
『現代日本文明史第三巻 外交史』(清澤洌・東洋経済新報社・昭和16年)
『昭和という国家』(司馬遼太郎・NHKブックス・2000年)
「昭和」という国家 - 司馬 遼太郎
「昭和」という国家 - 司馬 遼太郎

『戦時期日本の精神史1931〜1945年』(鶴見俊輔・岩波現代文庫・2015年)
戦時期日本の精神史: 1931〜1945年 (岩波現代文庫) - 鶴見 俊輔, 加藤 典洋
戦時期日本の精神史: 1931〜1945年 (岩波現代文庫) - 鶴見 俊輔, 加藤 典洋

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2025年12月28日

近現代史に対する関心

「日本の近現代史に感心がありますか」と、題する新聞記事に目がとまった。2025年12月20日付朝日新聞である。

 近現代史に関するアンケート調査。年齢は問うていない。
記事によると、Yesと答えた人75%でNoと答えた人25%となった。
感心を寄せる人が、意外に多い事実に驚かされる。筆者のブログは今、近現代史を扱っているのだが、訪問者数はさっぱりである。

■Yesと答えた人の理由
 @戦争へ突き進んだ理由を知りたい 1093人
 A今の日本に直接関わる時代だ   1018人
 Bもともと歴史が好き        733人
 C近隣諸国と何があったか知りたい  731人
 D激動の時代だから         564人 など。

■Noと答えた人の理由
 E戦争など負のイメージ    237人
 Fもともと歴史に感心がない  237人
 G他の時代よりロマンがない  125人
 H好きな歴史的人物がいない  81人
 I政治、経済、外交など分野が多く複雑 117人
 J世界史との絡みが複雑    95人
 K歴史的評価が定まっていない 81人
 
 Yesと答えた人は、現在の外交に感心を寄せているらしい。同紙ユーザーの意識を垣間見るような気がする。
筆者の関心は、「No」と答えた人の理由である。

Eの戦争に対する負のイメージについて。
戦争体験に関する報道に接していると、悲劇と受難のナラティブで語られることが多い。読者の感情に訴える内容の記事である。それらは事実なのだろう。そこに戦争に負けたという事実もあり、暗いイメージである。
もし、戦争に勝つか和平が成立したならば、昭和初期のイメージは頗る異なるだろう。

G他の時代よりロマンがない。H好きな歴史的人物がいない。両者はほぼ同じであろう。
「ロマン」とは何か。辞書を引いてみる。
(波乱万丈の)長編小説。感情的、理想的に物事をとらえること。

 近現代史は、一次資料をつかって実証的に記すのを旨にしている。そのため、感情や理想を扱わない。「たられば」もない。痛快さや面白味といったものは無い。小説になりづらい分野かもしれない。そのためであろうか、ノンフィクション物が多い印象を受ける。


I政治、経済、外交など分野が多く複雑。J世界史との絡みが複雑。両者もまた、同じ意味合いであろう。「No」と回答したにも関わらず、「複雑さ」を感じている。
昭和史の難しさを理解している面もありそうだ。
軍事史や外交史、政治史、経済史、思想史など様々な視点に立たなければ、分かった気がしないかもしれない。そこに、庶民にも目配りしなければならない。
哲学者の鶴見俊輔著『戦時期日本の精神史』に、次のような記述がある。

戦時期日本の精神史: 1931〜1945年 (岩波現代文庫) - 鶴見 俊輔, 加藤 典洋
戦時期日本の精神史: 1931〜1945年 (岩波現代文庫) - 鶴見 俊輔, 加藤 典洋

 現代史の場合には、文化史・精神史を含めて、そのようにくつがえしにくい状態をつくりえたという自己満足をもつことさえむずかしいことです。(途中省略)
解釈の方法についても、そう簡単に合意に達するわけではありません。どういう「偏見」を私たちが抱いて暮らしているかによって異なる。
「解釈の多様性」を尊重し、はっきりと見据えなければいけない。


 それは何故か。鶴見先生は述べる。

 実は必要な資料の多くが、すでに消滅したという理由によるものです。

 朝日新聞の記事いわく。高市早苗首相の台湾有事を巡る発言を機に日中関係が悪化するなか、近隣諸国との関係を近現代史から振り返りたいという声が目立つ。

 「Yes」と回答した人たちは、現代と昭和初期とリンクさせて考えているようだ。
鶴見俊輔氏は、先述の書でこうも述べる。

 1931年から45年に日本に起こったことは、明治初年以来の近代日本史のなかのひとつの偶発事として消し去ってしまっていいようなものではありません。
いまの日本を理解するために、その背景として1931年から45年までの、長い戦中の年月の日本を背景としておくということが大切であるように思います。


 鶴見先生が言われるとおり、現代日本を知るために昭和初期から考えを巡らせるべきらしい。朝日新聞のアンケートは、近現代史に関心を寄せる者として良い情報である。
さて、鹿児島ではどうか。南日本新聞社でも、同じ問いを立ててみたらいかがだろうか。

参考文献
「日本の近現代史に感心がありますか」2025年12月20日付朝日新聞
『戦時期日本の精神史』(鶴見俊輔・岩波現代文庫・2015年)
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2025年12月19日

現代も百年前も変わらぬ情報の接し方

 佐藤卓己先生の著書に『流言のメディア史』がある。面白い一冊である。

流言のメディア史 (岩波新書 新赤版 1764) - 佐藤 卓己
流言のメディア史 (岩波新書 新赤版 1764) - 佐藤 卓己

同書に次のような記述がある。

 1940年の「フェイクニュース批判」
 はたして「フェイクニュース」や「ポスト真実」は、21世紀の今を象徴する言葉だろうか。同じような現象を80年前にさかのぼって指摘するのはたやすいことだ。

 1933年から1943年まで、『現代新聞批判』と称する隔週刊紙があったらしい。同紙に林二十六が、「捏造ニュースと新聞」と題する論考を展開している。捏造ニュースは、フェイクニュース。
林二十六によると、新聞社が絶対的な義務を果たさぬ理由として3つ挙げる。

@自社掲載の記事を捏造だと発表することにより、読者の信用を低下させるのではないかという不安。
A新聞を商品と考える新聞社の多くが、コストのかかるニュース調査機関を備えていないこと。
B海外からの特電を権威付けに利用する新聞が、その価値を損なう知識の普及に消極的であること。

 現代にあっても頷いてしまう指摘である。
次に、五城朗「戦争ニュースは欺く」と題する論考を同書は紹介している。

どんなニュースに対しても、まず聡明な懐疑心を働かせ、苟も軍事的に見て不可能或は不合理な内容であれば、直ちに虚報であると看破するだけの眼識が具はれば、もはや戦争ニュースも「欺く」ことは出来なくなるわけである。

 五城は鋭い指摘をするのだが、ヨーロッパ戦線でドイツ電撃戦が成功すると、奇妙な論理展開を始めた。ユダヤ陰謀論である。だが、論文の中に注目すべき記述がある。
国際ユダヤ閥の世界新聞統制を衝く。国際ユダヤ閥の支配下にある大通信」の虚報製造システムを次のように解説していた。

マーク・トゥエーンが「真実が靴の紐を結ばぬうちに、虚偽のニュースは世界を一周してしまう」と言っているように、新聞の虚報が常にその取消よりもスピーディに世界に流布すること、更に一度プリントされた以上、結局何ものかは後に残るというのがこれ等通信社の虚報製造のつけ目である。たとえ訂正要求、取消、その他の障碍が起こったとしても、報道の迅速と競争という理由のために、各新聞社はニュースの真偽を確かめる余裕がないので、自由主義的な時間は、無批判にこれ等通信社の製造せる虚報を掲載してしまうのである。

 それにしても、マーク・トゥエーンの言葉である。彼は1910年に亡くなっている。第一次世界大戦勃発より前のこと。

真実が靴の紐を結ばぬうちに、虚報のニュースは世界を一周してしまう」。

 佐藤先生は、同書で指摘する。
 第1次世界大戦以前から存在していたことでる。「ポスト真実」を私たちはデジタル時代と結びつけて考えがちだが、それは19世紀の電信時代から確認できる現象である。
虚報の効果を「聡明な懐疑心」をもって分析できる五城が、なぜ典型的なメディア流言ともいうべきユダヤ陰謀論に入れ込んでしまったのか。
知識や理性だけでフェイクニュースを見破ることができると考えるべきではないようだ。


参考文献
『流言のメディア史』(佐藤卓己・岩波新書・2019年)
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2025年12月16日

100年前ジャーナリストの警句

 Walter Lipmann(ウォルターリップマン)の『世論』に目を通している。2回目になる。

世論 上 (岩波文庫 白 222-1) - W.リップマン, 掛川 トミ子
世論 上 (岩波文庫 白 222-1) - W.リップマン, 掛川 トミ子

当初、理解が追いつかなかった。メディア論やリテラシー、バイアスなどの書物を読むうちに、同書を思い出してリベンジしているところである。同書岩波文庫版の表紙に、次のような文章がつづられている。

 リップマン(1889−1974)が『世論』を書いた動機は、第1次大戦後の混乱の原因究明にあった(1922年刊)。にも拘わらず我々がこの書を手にすると、あたかも現在を分析し警告を発しているかのような切迫感を覚える。
それは、大衆心理がいかに形成されるかを出発点として、人間と環境の基本的な関係を、イメージの概念から明晰に解いているからだ。


 百年以上も前に出版された書物にもかかわらず、現代社会にも通じるところを感じる。
それはリップマンだけでなく、清澤洌や石橋湛山、永井荷風などの書籍からもうかがえる。

 リップマンの『世論』で、気になった一文がある。

 われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る。

 これは今夏の参院選で争点のひとつとなった、外国人問題につながるのでは…。
認知バイアスに「ステレオタイプ」がある。「決めつけ」である。
それと関連しそうな報道が、神戸新聞NEXTに掲載されていた。2025年7月20日付。
「躍進の参政党、何が心に響いた? 日常で接点なくても外国人が怖い」である。
記事に、こんな一文がある。

 交流サイト(SNS)で流れてくる海外の暴動や外国人のトラブルを見ているうちに「外国人がいると治安が悪くなる」と思うようになった。漠然と「共生は無理」と話す。

 外国人とくに朝鮮人について、清澤洌が90年前に著書を遺している。『混迷時代の生活態度』である。

清澤洌の論考
 私共は自由主義者といわれ、他人の立場も認め、人種平等も原則として認めて居る。殊に自身も、かつてアメリカに居って、日本移民排斥の渦中にあり、経験しているのであるから、人種排斥の不合理を心から納得して居るのであります。

 ところがさて自分の住宅の周囲に朝鮮人が来る。そしてあの水を頭の上へのせて運んで居る。西洋のある人が「彼等はその頭を考えるために使わないで、物を運ぶために使っている」と言いましたが、そんなことも考えさせられる。

 品物がなくなるのは決して朝鮮人のお蔭だけじゃないと私は信ずるのであるが、品物がなくなると何だか附近の朝鮮人を連想する。そういう状態を見ますと、理論として人種平等、朝鮮人を優待しなくちゃならないと考えながら、どうも隣家としては困るなという感じをもたざるをえない。

 神戸新聞の記事は、清澤の論考と似た感覚を覚える。
外国人に対する漠然とした不安が、排外的な言動になっているのではと思わされる。
佐藤卓己著『流言のメディア史』も、100年程前のジャーナリズムに関する論考がある。読み進めると、現代にも通じる内容に驚かされる。

流言のメディア史 (岩波新書 新赤版 1764) - 佐藤 卓己
流言のメディア史 (岩波新書 新赤版 1764) - 佐藤 卓己

次回は、それについてふれる。

参考文献
『世論』(Walter Lipmann・岩波文庫・2018年)
「躍進の参政党、何が心に響いた?」(神戸新聞NEXT・2025年7月20日付)
『混迷時代の生活態度』(清澤洌・千倉書房・昭和10年)
『流言のメディア史』(佐藤卓己・岩波新書・2019年)
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2025年12月09日

排外的な空気

 各新聞に目を通していると、くり返し現れる言葉がある。「感情」「怒り」「不安」である。「排外主義」は、これら3つの言葉が要素になっているらしい。
今月7日付朝日新聞の「日曜に想う」を読んだ。排外主義ではないが、外国人に対する偏見を報じている。

 茨城県下妻市に、多国籍の人が訪れるカフェがあるらしい。子どもから大人まで、遊んだり相談したりと、様々な思いで足を運んでいるそうだ。カフェの雰囲気は賑やかなようだ。そういうなかで、冷や水を浴びせるような言葉を吐く人もあるらしい。
外国人と遊ばないように」カフェの運営者は、子供から聞いたそうである。

 「大人の社会をむしばむ偏見が子供の心を侵食していないか、心配だ」と、記事は結ぶ。
読んでいて、清澤洌が昭和8年(1933)に著した評論を思い出した。「わが児に与う」である。
清澤の論考を何冊か読んだ。現代は、100年程前の空気と似たところがあるのでは? と、
思いたくなる。清澤の「わが児に与う」に書かれた一節を記す。

暗黒日記: 戦争日記1942年12月~1945年5月 - 清沢 洌, 橋川 文三
暗黒日記: 戦争日記1942年12月~1945年5月 - 清沢 洌, 橋川 文三

わが児に与う

 ある朝、7歳の息子が壁に掛けてある写真を指さして言う。
「お父さん、あれは支那人じゃないの」
「ウン、支那人ですよ」
「じゃあ、あの人と戦争するんですね」
「お父さんのお友達ですから戦争するんでなくて、仲よくするんです」
「だって支那人でしょう。あすこの道からタンクを持って来て、このお家(うち)を打ってしまいますよ」

 清澤は暗澹たる気持ちになりながら、こう考える。
雑誌社の好意で寄贈して来る少年雑誌などの絵を見て、お前は自然に時代の空気を感受してしまったのであるらしい。

 清澤は教育について思いをはせる。
今朝、今更ながら人間を偏(ひと)えに敵と味方に分ける現代の教育に、お前を託さねばならぬことにいい知れぬ不安を覚えたのだ。
壁にかかっている写真は、みんなお父さんの先輩や友達なんだ。


清澤は息子を思いながらつづける。

 こちらからワンといって、先方がただ黙って引込むなら現実主義は一番実益主義だ。しかしこちらがワンというと、先方がそのまま引きさがる保証があるかね。こちらが関税の保障を高くして、先方だけに負わせる仕組が永遠に出来れば結構だが、先方も自己防衛から円の下落と、こちらの関税に対抗しないという保証が何処かにあるかね。
先方も困るということは、こちらが困らないということではないよ。
近頃の日本のインフレ経済学者の中にも、時代の影響を受けて、こうした一本道の人が多いのは喜ぶべきことだろうか。


 清澤はこうも述べる。
お前がこの文章が分る頃になったら、昭和七、八年の頃のことを歴史的立場から顧みてくれ。

 清澤が執筆した他の論考に目を通して思う。当時も排外的な気分が漂い、それを否定すると非愛国者と呼ぶ風潮があったようだ。また、怒りや不安、不満などを市井の人々は抱えていたらしい。
ジャーナリズムは、軍部に対する批判を止めて称賛記事を報じつづける。そうなると、人びとは軍部に期待を寄せることになる。清澤の論考は教えてくれる。

 同じ時代に生き、取材し、書き残された清澤の論考は、またとない一次資料である。


参考資料
「安心育む共産のお茶の間」(2025年12月7日付朝日新聞・日曜に想う)
『序に代えて わが児に与う』(清澤洌『暗黒日記』所収・評論社・1995年)
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2025年12月02日

ばけばけ

 先日、『明治文学全集48小泉八雲』を借りたしと思い、鹿児島市立図書館へと赴いた。
妖怪の話ではなく、八雲が記した日本人観を知るためである。同書は人気の無い棚にある。
かねて全巻そろっているのに、その日に限って2,3冊減っている。
小泉八雲の巻がない。

 そういえば、朝ドラで小泉八雲夫妻を基にした番組がある由。八雲の巻が見当たらないのは、そのためである。巷間、テレビの視聴時間が減っていると言われる。
朝ドラで取り上げられると、感心を持たれるようだ。テレビの影響力は衰えていない。

 小泉八雲といえば、怪談である。幽霊や妖怪などを取りあげている。
妖怪は、民俗学が取り扱う。井上円了や柳田国男が有名である。
なかでも、柳田国男は「妖怪談義」や「ひとつ目小僧」などの著作がある。

新訂 妖怪談義 柳田国男コレクション (角川ソフィア文庫) - 柳田 国男, 小松 和彦
新訂 妖怪談義 柳田国男コレクション (角川ソフィア文庫) - 柳田 国男, 小松 和彦

「妖怪談義」に、大人の弥五郎に関する記述がある。弥五郎どんに関心にある方は、目を通されてください。
興味が深まると思う。


■参考文献
『新訂妖怪談義』(柳田国男・角川ソフィア文庫・平成25年)
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