2014年05月03日

昭和20年10月10日の阿久根台風

枕崎台風の被害を受けてからひと月も経たぬ、昭和20年10月10日、出水郡阿久根町(現阿久根市)に台風が上陸しました。
台風自体の規模や勢力は大きなものではありませんでしたが、枕崎台風とほぼ同じ経路を通って通過したため被害が大きなものとなってしまいました。

■ 阿久根台風の進路と規模
昭和20年10月4日、サイパン島の東海上で発生し北西に進んでいた台風第20号。
10月9日、沖縄本島の東で停滞していました。
しだいに発達しながら進路を北寄りに変えると、10月10日14時、鹿児島県阿久根市付近に上陸しました。
台風は、北東に進み周防灘から中国地方を通り日本海に出、能登半島付近を通って津軽海峡の西海上で消滅しました。

台風の中心から300キロ以内は暴風雨となり、中心地点は鹿児島市と阿久根のほぼ中間と推定されました。
鹿児島県での瞬間最大風速33メートル、平均風速27メートル、最低気圧977.3ヘクトパスカルでした。
10月8日午前6時〜11日午前6時までで221.5ミリもの雨が降りました。

阿久根台風は、枕崎台風にくらべると風速はかなり弱かったのですが、雨量が多かったため雨による被害が目立ちました。

台風接近前から降り出した前線の雨の影響もあり、九州から中部地方にかけての期間降水量は200〜300mmとなり、家屋の流失や浸水が多く発生。
特に兵庫県では200人を超える死者が出たそうです。


■ 阿久根台風の被害
鹿児島県では10月8日から11日まで大雨となり、多くの水害がでてしまいました。
死者32人、傷者54人、行方不明8人。
家屋全壊849棟、半壊782棟、床上浸水132戸、床下浸水60戸。

鹿児島市の被害は割合軽く、人身被害はありませんでした。
バラック全壊11、同半壊3、一部損壊9であったそうです。
ただ、農作物はかなり大きな被害をうけてしまいました。
敗戦の混乱と食料不足にあえいでいた市民たちは、度重なる台風を呪うしか術がありませんでした。

それから6年後の昭和26年、ルース台風が鹿児島に到来します。
この台風では高潮も伴い、鹿児島県内で死者・行方不明者209人、4万戸を超す住宅が全半壊・流出するという甚大な被害をもたらすことになります。
posted by ぶらかご.com at 21:34| Comment(0) | 戦後の鹿児島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする