2014年09月18日

平成5年6月12日〜7月8日の長雨

平成5年の鹿児島県は、自然の猛威が次々と襲って来た年でした。
2月と4月の冷え込みと霜害。
6月から9月にかけて、九州南部を襲った集中豪雨と台風は、鹿児島県にかつてない被害をもたらしました。
3ヵ月間の降雨量は2500ミリを超えていました。
また、1時間に100ミリを記録するほどの豪雨は、各地にガケ崩れや地滑り、土石流などを発生させ多くの犠牲者が出てしまいました。
死者・行方不明者は121人に上り、被害総額3000億円を超えたとも言われています。

この頃の全国ニュースを少し拾ってみました。
伊敷台小学校開校、『かごしま市民の広場4月号311』より。
6月23日、雲仙普賢岳約2年ぶりに大規模な火砕流が発生。継続的な火砕流で南千本木町や上折橋町などで60棟以上の家屋が焼失・倒壊した。
6月29日、円また上昇、一時105円に、対マルク最高値の61円73銭。
7月12日、北海道南西沖地震が発生、奥尻島が壊滅状態になりました。
7月18日、第40回衆議院議員選挙
8月1日、磯庭園ロープウエイが最後の運航、34年の歴史に幕。
8月9日、細川内閣が誕生
9月1日、日本列島、冷夏で大凶作、コメを大量輸入。

平成5年鹿児島の空は、2月頃から少しずつ異変が生じつつありました。

2月23日〜25日の霜害
この年の2月23日から25日にかけて、九州南部に強い寒気が流れ込みました。
西高東低の冬型の気圧配置となり、各地で気温が下がりました。
とくに25日の大口は−5.8度、牧之原で−4.7度、宮之城で−3.5度の最低気温を観測しました。
2月25日は各地で冷え込み、鹿児島市で−0.4度、加世田市でも−1度となりました。
例年2月の冷え込みは普通のことなのですが、寒気が4月にもやって来ました。

平成5年4月9日〜11日の霜害
4月7日から日本付近の上空に寒気が流入、九州でも10日から11日にかけて気温が下がったのでした。
とくに、大口・宮之城・田代町で最低気温が氷点下まで低下。
大口市;9日0.4度、10日−3.2度、11日−1.8度
宮之城;9日2.5度、10日−0.7度、11日−1.8度
田代町;9日1.8度、10日−0.5度、11日1.6度
晩霜害によって、川辺・日置・姶良地域を中心に県本土全域で農作物に被害が出てしまいました。

6月12日〜7月8日の長雨
6月12日、大陸東岸で発生した低気圧が北東し、14日には日本海に進みました。
この低気圧に向かって南から暖かく湿った空気が流れ込み、大気の状態が不安定となり、13日、県北部を中心に大雨となった。
梅雨前線は南下することなく、19日にかけて九州付近に停滞、活動は活発化したため鹿児島地方で大雨となりました。

【 6月19日の被害 】6月20日付南日本新聞27面
「九州南部の大雨、12世帯27人が避難 鹿児島市鉄塔近くのがけ崩れる」
大雨の影響で鹿児島県内は19日午後も土砂崩れによる住家の損壊や通行止め、交通の乱れなど被害が広がった。
同日午後6時過ぎ、鹿児島市紫原変電所の鉄塔(高さ約26メートル)の基礎部分から2メートル脇のガケが幅8m、高さ2mにわたって崩れているのがわかり、鹿児島市消防局は念のために附近住民に避難勧告。
宇宿四丁目の12世帯、27人が知人宅に避難した。

6月21日付の同紙によると、土砂崩壊で鉄塔が傾いていたようです。住民が避難していた鹿児島市紫原3丁目の現場では、土嚢を積むなどの応急措置をしたため住民は公民館から自宅に戻ったそうです。

県警のまとめによると、坊津町栗野でガケ崩れのため住家2棟一部損壊。
高尾野町江内では鉄砲水が発生、農家一戸が床下浸水。
阿久根市波留で2戸、出水市住吉町でも1戸が浸水しました。

鹿児島地方気象台の大雨に関する情報によると、12日から八日連続で降り続いた雨は、19日午後7時までにえびの市で1272ミリを筆頭に、各地で500ミリ前後に達したそうです。
各地の総雨量は次の通り(12日の降り始め〜19日午後7時まで)
えびの市1272ミリ、小林市753ミリ、紫尾山620ミリ、溝辺594ミリ、矢止岳582ミリ、大口市557ミリ、鹿児島市365ミリ。

梅雨のひと休み
梅雨前線は、6月20日から21日にかけて南下したため鹿児島地方の天気は小康状態となりました。
6月21日付南日本新聞21面。「たんまり洗濯物一掃 九州南部9日ぶりの晴天」
梅雨の長雨に見舞われた九州南部地方は、20日朝から晴れ間が広がり、九日ぶりに夏の日差しが戻った。家庭の主婦らはたまった洗濯に追われ、梅雨の晴れ間に洗濯物がはためいた。鹿児島地方気象台の観測によると、梅雨前線が九州南海上まで南下、東シナ海の高気圧が覆ったため晴天になった。朝から気温はぐんぐん上がり、志布志で29.6度、大口28.8度、鹿児島28.5度を記録。湿度も鹿児島で54%と低く、連日の蒸し暑さから解放された。

22日と25日にはまたもや大雨となり、25日午前8時の降りはじめから26日午後1時までの総雨量は、えびの233ミリ、加世田202ミリ、鹿児島144ミリでした。
九州南部に大雨を降らせた雨雲は、26日昼過ぎ東に抜けましたが、湿った空気の流れ込みはつづき大気は不安定な状態にありました。
26日、姶良町寺師で裏山が崩れ民家が崩壊、ひとり暮らしの女性が生き埋めとなり死亡。
この事故は、平成5年夏、鹿児島を襲った一連の豪雨災害での最初の犠牲者となってしまいました。
鹿児島市でも幼児が増水の川に流されて死亡し、2人の死者を出してしまいました。
この他、ガケ崩れなどで県道5ヶ所が通行止め、JRなどの交通機関も大きく乱れました。

【 7月の状況 】
7月2日と4日は低気圧の通過、7日には太平洋高気圧の強まりに伴って、南から著しく暖かく湿った空気が梅雨前線に向かって流れ込んだため局地的な豪雨となりました。
この期間、県本土では紫尾山で1934ミリを最高に、ほとんどの観測所で1000ミリを超えたそうです。
7月8日になると太平洋高気圧が強まり、梅雨前線を北上させました。
鹿児島地方は太平洋高気圧に覆われるようになり、6月12日から続いた大雨も終わりとなりました。

【 被害状況 】
7月2日、鹿児島市の梅雨期間中の総雨量が22年ぶりに1000ミリ超えたそうです。
7月5日、佐多町の郡で生コン工場の裏山が崩れ、56歳の男性作業員が事務所ごと生き埋めとなり死亡。
7月7日、前夜からの激しい雨によって県内各地でガケ崩れ続出。
     鹿児島市竜ヶ水で79歳の女性がガケ崩れで死亡。
     頴娃町別府で5歳の男の子が生き埋めで死亡。
     山川町成川地区で母娘が、末吉町で66歳の男性、大隅町で72歳の女性、松山町で57歳の男性がいず     れもガケ崩れによって死亡。
道路や交通機関は寸断され、住宅被害や公共土木被害も甚大なものとなりました。
一連の大雨被害で、死者9人・重傷者4人・軽傷者10人。住家全壊29棟・半壊33棟。
住家床上浸水100棟・床下浸水819棟、公共土木関係3230ヶ所、学校施設16ヶ所という
被害をだしています。

7月9日、鹿児島地方気象台は九州南部地方の梅雨明けを発表しましたが、雨は継続的に降
り続いていました。梅雨明け発表は、8月31日に「梅雨明けの日は特定できない」と異例
の修正発表をすることになります。
鹿児島地方は、台風5号・6号が相次いで接近したうえ、7月31日〜8月2日にかけて豪
雨に見舞われることになります。
また、一連の長雨で山やガケは、たっぷり水を含んでいたと思われます。
posted by ぶらかご.com at 23:10| Comment(0) | 鹿児島の災害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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