2013年06月02日

自転車と鹿児島市

昭和31年頃に作られた鹿児島市街地図をみていたら、「○○リヤカー」と書かれた住居を見つけました。
年配の方にうかがったところ、昔はリヤカーや荷車などを使って荷物を運ぶ職業があったこと。
また、自転車や荷車などに鑑札(ナンバープレート)が付いていたこと、税金がかかっていたことをお聞きしました。
そこで今回は、『鹿児島市政だより』をもとに調べてみました。

■ 自転車荷車税昭和32年12月5日発行(第85号)の『鹿児島市政だより』に、税金の話として「自転車荷車税」納税を促す記事が掲載されています。
当時、自転車には鑑札(ナンバープレート)を取り付けられ、毎年税金を納めなければならなかったようです。

記事によると、「自転車荷車税」は自転車や荷車に課せられた税金でした。
毎年4月1日現在で、自転車や荷車を所有しているか、年度途中で新たに所有した者が納税義務者となっていました。
自転車や荷車を処分した者は、廃車届けを市の課税課へ届ける必要がありました。

■ どれくらいの税か
自転車は、二輪車が年額200円、三輪車が年額400円。
原動付自転車は、排気量によって年額500円、800円、1000円と分かれていたようです。

荷車は三種類に分かれており、次のようになっていました。
荷車牛馬車:年額800円
荷車大車 :年額400円
荷車小車及びリヤカー:200円

年度途中で、新たに自転車や荷車などを購入した者は、その月から翌年三月までの日割りで計算された税が課税されていました。

■ 鑑札(ナンバープレート)
鑑札について、記事は次のように記しています

「鑑札の取付けについてのお願い」
みなさんが自転車または荷車などを新たに求めたときは、必ず市へ申告して、その車体に鑑札の取り付けをしなければなりません。最近無鑑札の車が、かなり見受けられますので関係当局と一緒になって一斉取締りをしています。無鑑札の車は、すぐ鑑札をつけてください。」

自転車荷車税は、明治20年ごろに始められたようです。
明治の頃は高価なものであったでしょうから、上流階級のステータスシンボルといった存在であったかもしれません。
昔の鹿児島 (かごしま新聞こぼれ話)』という本に、明治頃の自転車事情についての面白い記述が掲載されています。

■ 自転車乗教習所
国産自転車の登場は、明治23年(1890年)だそうです。
明治33年頃になると、鹿児島でもかなり見かけるようになっていたようです。
貸し自転車も登場し、1時間25銭だったそうです。
新聞投書欄には、「高すぎる」という意見が寄せられていました。

自転車販売のかたわら、自転車乗教習所を開校した者もあったようです。
明治32年11月1日付鹿児島新聞に、次のような記事が掲載されていました。
「洲崎長土手下の大弓場にては、自転車乗教習所として運動場を設くるはずにて、来る三日の天長節をぼくし開業式を挙行する由・・・」

同書には、「輪友館」という自転車販売所の広告を掲載しています。

■ 自転車で電報配達
自転車の普及は、わりと早かったらしく明治35年には電報の配達に使われるようになりました。
明治35年3月25日付け鹿児島新聞は、次のような記事を掲載していました。

「世の複雑になるにつれ交通機関の迅速ならんことは何人も希望する所なるが、当郵便局にては、四月一日より、当分の間、十八町以外のものに限り、自転車にて配達するはずにて、既に四両だけは同局に着したり。
ちなみに同自転車は通例の自転車と異なり、ラッパ信号をもって通行を報ずる由につき、みちに出くわしたる時は、つとめて妨害を為さざるよう、吾も人も注意したきものなり」

ここでいう郵便局は、現在の鹿児島東郵便局のことだそうです
電報自転車が鳴らすラッパの音とは、どんなものだったか聞いてみたい気がします。

一年後の鹿児島新聞投書欄に、次のようなものがありました。
「本年はじめて見受けるところで、今まで贅沢な玩具と見られていた自転車が、次第に実用的に利用されていくのは、喜ぶべきことなり」

『昔の鹿児島 かごしま新聞こぼれ話』には、明治35年鹿児島新聞に掲載された絵図をのせています。
それには、自転車を漕ぐ女学生らしき女性が描かれています。

■ 自転車荷車税廃止
昭和33年5月10日付け『鹿児島市政だより』に、「自転車荷車税は廃止 軽自動車税を新設」という記事を掲載しています。

「約70年間もつづいた自転車荷車税が、四月から廃止になりました。これはさる四月の国会で、地方税法の一部が改正になったため、廃止されたもので、このかわりに新たな軽自動車税が、市町村税として設けられましたので・・・」

戦後、税制改革がすすみ、自転車税による収入の割合がわずかとなり、かえって事務手続き等の費用の方が高くなったこともあり、昭和33年廃止されることとなりました。


posted by ぶらかご.com at 18:32| Comment(0) | 戦後の鹿児島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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