2025年12月02日

ばけばけ

 先日、『明治文学全集48小泉八雲』を借りたしと思い、鹿児島市立図書館へと赴いた。
妖怪の話ではなく、八雲が記した日本人観を知るためである。同書は人気の無い棚にある。
かねて全巻そろっているのに、その日に限って2,3冊減っている。
小泉八雲の巻がない。

 そういえば、朝ドラで小泉八雲夫妻を基にした番組がある由。八雲の巻が見当たらないのは、そのためである。巷間、テレビの視聴時間が減っていると言われる。
朝ドラで取り上げられると、感心を持たれるようだ。テレビの影響力は衰えていない。

 小泉八雲といえば、怪談である。幽霊や妖怪などを取りあげている。
妖怪は、民俗学が取り扱う。井上円了や柳田国男が有名である。
なかでも、柳田国男は「妖怪談義」や「ひとつ目小僧」などの著作がある。

新訂 妖怪談義 柳田国男コレクション (角川ソフィア文庫) - 柳田 国男, 小松 和彦
新訂 妖怪談義 柳田国男コレクション (角川ソフィア文庫) - 柳田 国男, 小松 和彦

「妖怪談義」に、大人の弥五郎に関する記述がある。弥五郎どんに関心にある方は、目を通されてください。
興味が深まると思う。


■参考文献
『新訂妖怪談義』(柳田国男・角川ソフィア文庫・平成25年)
posted by 山川かんきつ at 23:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月05日

昭和20年4月8日空襲の記事

昨日は、昭和20年4月8日の空襲に関する記事の閲覧が多かった。
新聞やテレビで報じたのだろうか? 疑問を抱きつつ、アクセス解析を閲覧した。

鹿児島市の公式記録によると、同市は8回空襲を受けた由。メディアは、「6月17日鹿児島大空襲」ばかり報道する。理由のひとつに、体験談の数が多いことがあるだろう。
記念碑も残っており、取材しやすいのかもしれない。

 今回、4月8日の空襲に関心を寄せてもらった。嬉しい限りである。
この日の空襲体験談に目を通していると、かなり悲惨な状況であったらしい。
鹿児島市西千石町や平之町で火災が発生。西千石町は、住宅地が更地になった。
これは、攻撃後の偵察写真で明らかである。

 体験談によると、鹿児島市西千石町や新照院町の一部、平之町、加治屋町、下荒田町、旧上荒田町、田上町、旧郡元町が被害を受けている。
なかでも、悲惨な事件が発生している。
女学校の生徒が、動員先の工場で死亡したり負傷したりしている。また、豚の世話の当番で登校中の女学生が命を落とすという事態も発生している。

 鹿児島高校と天保山中学校に、命を落とした女学生の名を刻む碑が立つ。
機会があれば、ご覧になるとよい。この日の空襲を知る入口になると思う。

米軍の資料によると、この日に爆弾を投下したのはB29。
「Tactical Mission Report no.60 & 61」に記述がある。

 この日、鹿屋市と鹿児島市が被害に遭った。
一連の攻撃だったのだが、B29の搭乗員は作戦の複雑さで混乱したようである。
それによって、当初の攻撃目標と異なる地点に投弾が起こり悲劇が発生した。

 今年6月29日付南日本新聞で、昭和20年4月8日に関する記事を読んだ。
精密から無差別へ B29の空爆 特攻警戒 当初標的は飛行場」である。
本文に気になる記述があった。

 「日本空襲の全容」(小山仁訳・東方出版)によると同日、第73、313両航空団が合計53機を出撃させた。目標は鹿屋飛行場、鹿児島市街地、出水飛行場、鹿屋東飛行場、国分飛行場とある。

米軍資料 日本空襲の全容: マリアナ基地B29部隊 - 小山 仁示
米軍資料 日本空襲の全容: マリアナ基地B29部隊 - 小山 仁示

 小山先生の「日本空襲の全容」は、空襲を知る上で貴重な一冊である。
「Tactical Mission Report no.60 & 61」を主体にして、小山先生の著作を参照する方が良いと思う。

 第一目視攻撃目標 鹿屋飛行場
 第一目視攻撃目標 笠之原飛行場
 第一レーダー攻撃目標 鹿児島市中心部

 第二目視攻撃目標 出水飛行場
 第二目視攻撃目標 国分飛行場

 昭和20年4月8日、出水と国分の両飛行場は攻撃を受けていない。
米軍の作戦任務報告書によると、鹿屋と笠之原上空は目視攻撃できる状態でなかったらしい。ある飛行戦隊で混乱が起こり、鹿屋上空で投弾。鹿屋市田崎町の被害になったようである。

 また、戦隊からはぐれたB29もあった。他の戦隊と合流したのだが、第2目標の出水へと進路をとったらしい。そのため、下荒田町や旧上荒田町、田上町が被災したようだ。
米軍の言う鹿児島市中心部は、加治屋町を指していると思われる。

 この日に投下された爆弾は、「500ポンドGP」。航空施設を破壊する目的で投弾された。
爆発とともに、大きな爆炎が立ち昇る。投弾跡にクレータが出来たと予想される。
体験談で、「穴があいていた」とする記述がある。穴はクレーターのことだろう。

 鹿児島高等女学校の生徒が、この日の体験談を残している。当日、永吉町にあった学校農園で作業中であった。大きな爆音とともに、爆炎が次々に立ち上った旨の記述がある。
救護にかけつけた彼女たちは、現場で悲惨な状況を目の当たりにしている。

 この日の空襲に関しする資料は、米軍と戦略爆撃調査団の記録、鹿児島日報、個人の日記、空襲体験談だけである。それでも、数が少ない。鹿屋に関しては、第五航空軍が記録を残し、鹿屋市も記録をもっているようだ。

昭和20年4月8日、鹿児島市の空襲に関する検証は困難を極める。信頼できる資料と情報が極端に少ない。
昨日、アクセスのあった記事は6年前に書いた。ほんの少しだが、分かってきたところもある。追々、書き足していきたいと考えている。

■参考文献
 南日本新聞2025年6月29日付 「鹿児島戦後80年 あの時、ここで」
『日本空襲の全容』小山仁・東方出版
posted by 山川かんきつ at 09:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年07月27日

陰謀論ふたたび

 参議院議員選挙の結果は、国内外に少なくない衝撃を与えたらしい。報道に接していて感じる。議席を伸ばした某政党について、BBCは「極右政党」として記事を掲載している。
海外メディアの方が、手厳しいかもしれない。

 毎日新聞7月8日付毎日新聞の記事、「排外主義なのか? 参政党の移民政策に海外メディア関心」によると、陰謀論を唱えているらしい。
一連の報道に接していて、清沢洌の『暗黒日記』を思った。日記に当時の新聞記事を切り抜いて貼り付けてあったらしく、同書でそれも読むことができる。

暗黒日記: 戦争日記1942年12月~1945年5月 - 清沢 洌, 橋川 文三
暗黒日記: 戦争日記1942年12月~1945年5月 - 清沢 洌, 橋川 文三

 昭和18年6月20日(日)
 その前夜四王田〔天〕中将というのユダヤ論を見た。小松雄道君がやっている教授連盟のパンフレットだ。いかにも幼稚で独断。一つの結論を持ち来たすために雑誌などの切りぬきを集めたに過ぎぬ。こんな子供らしい議論が感心して聞かれると思うと、日本の知識程度が嫌になる。


 解説によると、その中将はユダヤ人問題の権威と見られていた。また、その関係著書も多いそうだ。
同年12月30日付毎日新聞の社説に、ユダヤ資本に関する記事がある。

 一体北阿を舞台とする米英系の資本主義とソ連系の共産主義の対立はどうなるかとの疑問さへも成立しないのだ。両者を支配するものは、これ亦ユダヤ民族なのである。資本主義と共産主義は両極ではない。水と火ではない、ユダヤ民族活動の両翼をなすものなのである。ここが分らなければ米英の名において描かれる世界制覇の筋書も背景も分るはずはない。

 清澤はこの社説に、感想をつづる。

 資本主義と共産主義はユダヤ人活動の両翼をなすものである! これが毎日新聞―日本二大新聞の一つの社説である。日本人のメンタリチーの低劣をしめす。しかもかれの知ったか振りを見よ。

 昭和19年1月20日(木)の日記に、同月22日付読売報知の記事を掲載している。

「戦争風邪も猶太謀略 毒牙粉砕の大講演会」
 世界征服の野望を他民族の血の犠牲によって獲得しようと毒牙を磨くユダヤの陰謀こそは一億国民が瞬時も忘れてならぬ、大戦争が重大な段階に入らんとする現在われらは分散しつつ脈絡あるユダヤ人の執拗なこの謀略をよく認識すべきだと医道維新報国会では廿三日午後零時半から中央農業界講堂(元産組中央会館)で「ユダヤの謀略講演会」を催し、四王天延孝中将、秋田重季男爵、増田正雄氏、片瀬淡博士らユダヤ問題の権威がユダヤ謀略を衝く堂々論陣を張る。


 当時、ユダヤ問題の権威がいたらしい。講演会を開くほどだから、大真面目にやっていたのだろう。読売報知の記事は、ユダヤ人の医学に関する報告がつづく。
疑わしいのだが、当時の人々は事実として受け止めたのだろうか? 

 秋田子談「私の担当はユダヤの医学講演で、ユダヤ人医師は次から次へと病気を造って世界へバラ撒いてゐる、こんどのイギリス風邪とかチャーチル風邪もユダヤの製造に違いなく、彼らは現在借家人の癖に大家の米英も毒殺し併せて世界中をやっつけてユダヤの天下を築かうといふ魂胆だ。これを断乎として叩き潰すのは日本人の強さあるのみです」。

 よく読むと、風邪について裏付けをとっているわけではない。秋田氏の推測を述べているに過ぎない。最後は精神論で締めくくられる。聴衆は感心して聞いていたのだろう。
「権威バイアス」にかかっていたかもしれない。

ユダヤの抱く野望
 昭和19年7月12日(水)の日記は、こうつづる。

 『毎日新聞』に白鳥敏夫の論文あり。例のユダヤ主義議論である。こうした精神病的人物が指導者なのだから、この戦争がうまくいくはずなし。

 日記に同紙の記事が掲載されている。「ユダヤの抱く野望」と題する記事である。

 しかしながらここでわれわれが深思しなければならぬことは、ルーズヴェルトをはじめ米国の指導者達の戦意は頗る鞏固(きょうこ)かつ旺盛なものがることである、米国の指導者といへば人も知る通り金権財閥即ちユダヤおよびフリーメーソンの手合である(以下省略)

ユダヤであれ、フリーメーソンであれ。雑誌『ムー』を読んでいる気さえしてくる。
筆者は中学生の頃に、同書を読んだ。そのためであろうか、陰謀論について疑ってしまう。
この手の情報に関して、免疫ができているのかもしれない。
ともあれ、当時の全国紙に掲載された記事である。大まじめに陰謀論を報じていたのだろう。読者はというと、新聞が報じるのだからと信用したであろう。それは今も変わらない。

 昭和19年6月27日の日記に、清澤はこうも綴る。

 不思議なのは「空気」であり、「勢い」である。米国にもそうした「勢」があるが、日本のものは特に統一的である。この勢が危険である。あらゆる誤謬がこのために侵されるおそれがある。

 清澤の日記に目を通していると、当時の陰謀論は官製の匂いを感じる。
陰謀論発生の原因や目的などを調べた研究書があれば、目を通してみたい。

関連記事
陰謀論
 http://burakago.seesaa.net/article/481867329.html

参考文献
「排外主義なのか? 参政党の移民政策に海外メディア関心」2025年7月8日付毎日新聞

「日曜に想う 戦前無産派候補に吹いた風」2025年7月27日付朝日新聞

『暗黒日記』 清沢洌・評論社・1995年
posted by 山川かんきつ at 17:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする