2025年04月24日

美濃部達吉の憲法講話

 美濃部達吉著『憲法講話』の序文が気になった。

憲法講話 (岩波文庫) - 美濃部 達吉
憲法講話 (岩波文庫) - 美濃部 達吉


 惟(おも)うに我が国に憲政を施行せられて既に二十余年を経たりといえども、憲政の智識の未だ一般に普及せざることを殆んど意想の外にあり。
専門の学者にして憲政の事を論ずる者の間にも、なお言を国体に藉(か)りてひたすらに専制的の思想を鼓吹し、国民の権利を抑えてその絶対の服従を要求し、立憲政治の仮想の下にその実は専制政治を行わんとするの主張を聞くこと稀ならず。
(以下省略)
 明治四十五年紀元節の日 美濃部達吉


 大日本帝国憲法の解釈について、施行当初から様々だったようだ。
官職にあった人々のなかに、江戸期の教育を受けた者もあったであろう。封建時代の意識が抜け切れぬ人もあったかもしれない。

 昭和21年に施行された日本国憲法は、どうだったろうか。
官職にあった人たちは、戦前・戦中の教育を受けたエリートたち。そう簡単に思考を変えられたであろうか。疑ってみるのも良いかもしれない。

 もう一点。序文に「国民の権利を抑えてその絶対の服従を要求し、立憲政治の仮想の下に実は専制政治を行わんとするの主張を聞くこと稀ならず」とある。
某政党の改憲案に目を通していると、これと似ているのでは・・・。勘ぐりたくなる。

 今月19日付朝日新聞で、慶応大学の駒村圭吾教授のインタビュー記事に注目した。
記事は冒頭で、こう述べる。
度重なる危機にさらされながら、生き延びてきた憲法

 昭和21年の施行から何度も、改憲の動きがあったのかもしれない。筆者は分からぬ。
駒村先生によると、日本国憲法は生死の境をさまよっているらしい。これからの数年間は分岐点になるそうだ。
先生は、もうひとつ述べる。

 明治憲法体制の宿痾が21世紀になっても完全に克服されていないことを意味する。

 宿痾は、長く治らない病気のこと。
なるほど、戦前・戦中の思想が完全に抜け切れていないらしい。
これは、戦前・戦中と戦後をひと続きとする考え方につながる。どうやら、経済面や精神面だけでなく、法律の世界でも同じのようだ。

 美濃部教授の『憲法講話』は、大正時代になって縮刷版がでた。同先生は、こう述べている。

 初めて本書を公にした当時には、一部の人々から、本書があたかもわが国体の基礎を揺るがさんとする危険思想を含むものの如くに攻撃せられ、一時大いに世の視聴を惹いた。
(以下省略)大正七年九月 美濃部達吉


 昭和10年に「天皇機関説事件」として国会で、美濃部教授は糾弾される。
著書である『憲法撮要』『逐条憲法精義』『日本憲法ノ基本主義』は、出版法違反として発禁処分となった。
昭和10年5月1日に各学校長と市町に対して、鹿児島県学務部長が指示を出している。

 美濃部氏著書取扱ニ関スル件
 美濃部達吉氏著書中左記ハ發買ヲ禁止セラレタルニ付之ヲ閲読セシメザル様御配慮煩度特ニ得貴意候也
 追テ左記著書中貴校所蔵ノモノ有之候ハバ書名冊数御報告相成度


 それ以後の展開を思えば、天皇機関説と国体明徴宣言は、昭和史で重要な出来事だったと思われる。
司法省判事局は、1940年に「所謂『天皇機関説』を契機とする国体明徴運動」と題する極秘の論文をまとめている。玉沢孝三郎検事が執筆し、次のように評している。
「合法無血のクーデター」と。

参考文献
『憲法講話』美濃部達吉・岩波文庫・2018年
「戦後80年憲法生死の分かれ目」(2025年4月19日付朝日新聞)
posted by 山川かんきつ at 23:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年12月18日

うっちゃり

 秀才の予想を うっちゃる斎藤さん

 兵庫県知事選の結果は、記者さんたちにとって予想外だったらしい。選挙は11月17日に結果がでたのだが、ひと月以上経ったいまも報道される。
記者さんたのような秀才にとって、受け入れがたい選挙結果のようだ。
2024年11月19日付日経新聞社説に、そう思わせる記述がある。

 兵庫県知事選で前知事の斎藤元彦氏が動画配信を駆使し、再選を果たした。事前の予想を覆した異例の選挙戦は、SNS選挙の功罪を如実に突きつけた。

 各メディアが報ずる内容は、SNS動画に原因をもとめる。そこで語られる内容を鵜呑みする危うさを伝える。メディアは、これまでもSNS上に真偽不明の情報があふれる。だから、しっかりした取材をおこなった新聞を読むべきだとする趣旨の記事があふれる。
冷めた目で記事に接していると、新聞購読を勧めるセールストークのようにも感じる。
筆者の場合、違和感をおぼえる記事に出くわすとスルーしている。

朝日新聞(12月17日付)で、メディア史家の佐藤卓己さんがコメントを寄せる。

 今の状況は、SNSだけが原因ではない。感情や情動に左右される『ファスト政治』が加速し、政治家も有権者も忍耐を失ってきた。即断即決を避け、答えの出ないあいまいさに耐える力が求められている。

 ジャーナリストの金平茂紀さんが、朝日新聞の記事でこう述べている。
 「事実をとってくる作業は、そんな甘いものじゃない」

 佐藤先生や金平さんの意見に共感している。
筆者は、鹿児島県の空襲を追っている。金平さんの言葉そのものを体感している。米軍資料は豊富なのだが、被災した側の記録が見当たらない。資料を探し出すのに四苦八苦している状態である。
事実に迫ろうとすると、コスパを無視するほか無いように感じている。

うっちゃり
 「うっちゃり」は相撲用語。鹿児島市立図書館で、『相撲大辞典 第四版』に目をとおした。マニアックな1冊なり。

相撲大事典 第四版 - 金指基 原著, 公益財団法人日本相撲協会
相撲大事典 第四版 - 金指基 原著, 公益財団法人日本相撲協会

 決まり手八二手の一つ。相手に土俵際まで寄り詰められたときに、俵にかかとをかけてこらえながら腰を低く落とし、相手を自分の腹に乗せ、体を反らせながら左右いずれかにひねって相手を後方へ投げ落とす。

 「うっちゃり」の響きは、なんだか笑える。解説を読むと、大技のような気がしてくる。
同書は、この技について次のように結ぶ。

 土壇場で劣勢を逆転する技である。

 兵庫県知事選挙での斎藤さんに思いを馳せる。

ただいまの決まり手は、うっちゃり うっちゃって斎藤さんの勝ち」。

■参考文献
「民意のゆくえ」2024年12月17日付朝日新聞1面
「解答を推論する訓練を」(2024年12月15日付毎日新聞・時代の風)
「戦争をしないを続けるために 戦後80年」(2024年11月28日付毎日新聞)
「報道畑45年「事実」に切り込む」(2022年12月20日付朝日新聞)
posted by 山川かんきつ at 07:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年11月26日

フィルターバブル

 兵庫県知事選は、メディアにとってかなり意外な結果だったようだ。投票日以後、新聞各紙は連日にわたって報道している。
議会から不信任を受け辞職したにもかかわらず当選するとは…と言いたげだ。
しかし、斎藤氏は2位に大差をつけて当選。
各新聞は、独自に分析した記事を連日にわたって報道している。そこに共通する言葉がある。「フィルターバブル」である。

 今月19日付朝日新聞の「天声人語」を引用する。

 何を参考に票を投じたのかと、NHKが出口調査で尋ねたところ、最も多かった答えは「SNSや動画サイト」(30%)。「新聞」も「テレビ」(各24%)も及ばなかった。メディアにとっては悲しく、深刻な数字である。

 斎藤氏が再選された要因のひとつに、SNS上で真偽不明の情報拡散を挙げている。
各紙の報道に目を通していくと、「SNSは、自分好みの情報に偏る危険性がある」と展開していく。「フィルターバブル」である。
こうした傾向は、ネット時代に限った現象だろうか? 疑問を抱くと同時に、清沢洌の評論「現代ジャーナリズムの批判」を思い出した。

現代ジャーナリズムの批判
 外交評論家の清沢洌が、1934(昭和9)年7月10日の講演を活字化した評論である。

清沢洌評論集 (岩波文庫 青 178-2) - 清沢 洌, 山本 義彦
清沢洌評論集 (岩波文庫 青 178-2) - 清沢 洌, 山本 義彦

 元来人間というものは自分のかつて考えておることを他人に依って裏書されることを好むものであります。そういうものを五十銭なり一円也を払って読む興味も感じないし、無論これを排撃する。平生自分が考えておることを、新聞だとか雑誌だとかに依って裏書きされることを多くの読者は欲するのであります。

 今から90年前に、講演された内容の一部分である。
フィルターバブルの要素は、昭和の初めにあったと良いかもしれない。また、情報の接し方は90年前の人々と殆ど変わらないと言ってもいいかもしれない。
兵庫県知事選の記事だけでなく、新聞週間になると、各紙はSNS上の情報は信頼に足りないとステレオタイプの如く報道する。
 
 インターネット環境が整備されたことで、個人が情報発信できる時代になった。これまで、メディアが一方的に情報提供していた時代と異なる。SNS上に玉石混交のサイトが数多ある。メディアは、玉の発掘を行う必要があると思う。在野には、とんでもなく専門性を有する人がいるものである。
既存メディアは、これまで以上に記事の正確性を問われることになると思う。
 
 来年は終戦から80年経つ。新聞もそのことに触れている。
各紙がどのように伝えるか、筆者は心待ちにしているところである。
 


参考文献
 「天声人語」2024年11月19日付朝日新聞
 「春秋」2024年11月19日付日本経済新聞
 「兵庫知事に斎藤氏再選」(2024年11月19日付毎日新聞・社説)
 「兵庫県知事選 真偽不明の情報が拡散した」(2024年11月19日付讀賣新聞・社説)
 「民意のゆくえ」2024年11月21日付朝日新聞
 「SNS有権者を分析」(2024年11月19日付毎日新聞)
 「現代ジャーナリズムの批判」(『清沢洌評論集・2013年・岩波文庫』
 「報道畑45年「事実」に切り込む」(2022年12月20日付朝日新聞・文化)
posted by 山川かんきつ at 10:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする