2025年11月25日

昭和という国家 司馬遼太郎

 20年ほど前に購入したのだが、いまだに卒業できないでいる1冊がある。
司馬遼太郎著『昭和という国家』である。くり返し読むこと幾たびか。

「昭和」という国家 - 司馬 遼太郎
「昭和」という国家 - 司馬 遼太郎
 
ひとつの要因として、同書の記述と同じことを他の作家が述べているところにある。
鶴見俊輔や永井荷風、清澤洌などの論考や日記が、司馬さんの記述と繋がる。

驚いたのは、『昭和という国家』の「第3章帝国主義とソロバン勘定」である。
清澤洌『混迷時代の生活態度』と同様の内容が記されている。

帝国主義とソロバン勘定

 少佐ぐらいまでは日本人は優秀であります。ところが、それより上にいくと、非常にグローバルにものを見なければなりません。
そして、ひとつのアクションには、リアクションが返ってくる。そのリアクションは、世界の規模で考えなければいけない。世界の規模、つまり外交感覚だけではなくて、経済とか人の心とか、いろいろなことを統合しなければいけない。

 将軍のことをゼネラルといいますが、総合者のいみです。諸価値の総合者という意味ですね。


 同書第10章「青写真に落ちた影」で、こうも述べる。

 日本人のドイツ傾斜というものは、ひょっとすると日本人の不幸の原因のひとつになったのではないか、そんな気もしています。

 『昭和という国家』から引用した内容と、ほぼ同じ論考がある。清澤洌が昭和10年(1935)に書き下ろした『混迷時代の生活態度』である。

混迷時代の生活態度
 清澤は日本の欠点をこう指摘する。

 部分的であって、総合的なことが不得手でありはしないかと考える。不必要に専門的になるという癖は総ゆる方面で見られる。
一つの専門しか知らないでいなくちゃいけないという傾向があります。


 ところが国政というものはそうじゃない。近頃は経済もんだいは世界の動きが分からなければ判断できない。政治は経済を知らずして解されぬ。

 総理大臣には一つの専門家じゃなれない。各方面の知識を総合して―それは人間一人の力でありますからそう詳細に一々知ることはできないが、少なくともプリンシプルを知って、それ等の知識を総合して、その上に政策を編むということが政治家の役目である。
こういう政治家が日本には非常に少ないのであります。


 殊に英国人などは比較的に総合的です。

 ドイツ式の教育を受けた日本人には、視野が狭いという欠点があると思う。部分的には深いが総合的な才がないことが、現在のような一つの社会的な行詰まりを来した原因じゃないかと私は考える。

 清澤は同書で、セクショナリズムにも言及する。

 セクショナリズムとは区画主義とでもいうべきもので、自己の部門のことばかり主張し、頑守することだ。そのセクショナリズムの弊をマザマザと見せつけられるのが、予算編成期であります。

 昭和初期から終戦まで、日本陸海軍の政治的な動きを見る。「セクショナリズム」は、至当な言葉と思う。海軍は軍令部と海軍省とが、陸軍は参謀本部と陸軍省がそれである。
自己の部門のことばかり主張している。そこに総合的な視点は感じられない。

 『混迷時代の生活態度』は、今から90年前に書かれた論考である。
司馬さんの『昭和という国家』とも繋がる記述が目につく。また、清澤の論考はアメリカ戦略爆撃調査団の概要報告書とも相性が良い。

作用と反作用
 日中間の報道に接していて、司馬さんの指摘を思った。

ひとつのアクションには、リアクションが返ってくる。そのリアクションは、世界の規模で考えなければいけない。世界の規模、つまり外交感覚だけではなくて、経済とか人の心とか、いろいろなことを統合しなければいけない。

 清澤洌が90年前に記した論考も参考になるかもしれない。

 ひとつの思想を絶対にいいと信じて、それ以外には何といっても耳を傾けない。

 隣の国が憎い。彼は敵だと決めてしまって、この対手にもそれぞれの立場があることが解らないのです。窓を占め切っているから新しい知識も這入らない。

 日中間の報道に目を通していて、米国は梯子を外すのではと危惧する次第である。
何せかの国のリーダーは、何をしでかすか読めぬお人である。


■参考文献
『昭和という国家』(司馬遼太郎・NHKブックス・2000年)
『混迷時代の生活態度』(清澤洌・千倉書房・昭和10年)
posted by 山川かんきつ at 17:10| Comment(0) | 作家と戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月19日

ソロバン勘定 清澤洌の論考から

 外交評論家にして作家清沢洌の著作に、『現代ジャーナリズムの批判』がある。昭和9(1934)年に、同氏の講演である。

 日本主義、日本精神というものが、近来の日本に於て非常に旺んである。この結果第一に最近の新聞を観て感じますることは外交に対する批判がないということであります。
外交というものは御存知の通りに相手国と交渉することであります。
 然し日本精神の立場から言えば、相手にも五分の理窟があるというようなことを認めるということは、これは国を売る者見たように考えられるのが普通であります。
外国の交渉の場合には百%理窟がこちらにあって、相手は全然嘘であるか、全悪であるという風に解釈しないというと、それは国を愛する者ではないという風に解されておるようであります。

 清澤は当時の報道に接していて、外交政策に対する批判が無いことを嘆く。

 日本が正え方にしい、世界が悪い。こうしてお互に自慰自賛をしておる結果、そこに自身の心理状態から催眠術が行われて、自己の理論に対する研究、検討が行われないで自分たちのいうことが何時の間にか絶対に正しいという考なってしまう傾向がある。

 清澤はつづける。

 自己陶酔的な声明をし、そうして外国から揚足を取られ、狼狽ふためいて色々な弁解を試みるというような醜態はどこから来るかといえば、国民全体としてその声明の内容をかつて検討せられたことがないことから来ると私は考える。

 日本の首相の発言で、某国はだいぶご立腹の由。是非について、筆者は分からない。これまでの内閣が曖昧にしてきた部分を、首相が発言してしまった。その責任は、首相にある。就任早々、ハードランディングする必要は無かったのではと思う。

 彼の国に、政府に対して批判的なメディアは無い。政治をつかさどる人たちは、自分たちが絶対正しいという考え方の傾向が強いと思われる。その上、巨大な市場を持っている。
発言する前に、利害のソロバンを弾いても良かったかもしれない。
和解するまで時間がかかりそうだ。

 清澤は述べる。

外交問題ほど忍耐を要する問題はないのであります。

参考文献
「現代ジャーナリズムの批判」(『清澤洌評論集』所収・岩波文庫・2013年)
「自民保守のゆくえA」2025年11月17日付朝日新聞
「明治期にもあった日本人ファースト」2025年11月9日付朝日新聞・日曜に想う
posted by 山川かんきつ at 17:38| Comment(0) | 作家と戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月16日

歴史修正主義とポストトゥルース

 今年は戦後80年とことで、各メディアはこぞって戦争関連の報道をした。
地元メディアは、特攻や鹿児島大空襲、芙蓉部隊を報じていたが、内容は従来通りといった印象を受けた。なかには、かなり違和感をおぼえる内容もあった。
十五年戦争のあった時代と現代は、似ているところがあるとも指摘される。

昭和元年から20年にかけての歴史は、分からないことが多い。良書を見つけられないし、簡単に理解できる訳でもない。政治や経済、軍事、思想など様々な分野を網羅しなければ、この時代史が分かったという実感すら得られないかもしれない。

 今年は「歴史修正主義」なる言葉を、新聞で目にすることが多かった。
「ひめゆりの塔」に関する国会議員の発言である。
新聞記事と議員の弁明を読んでいるうちに、歴史修正主義はPost-truthであることが良く分かった。この点に関して、議員に感謝である。

 昭和史を調べる際は、一次資料と吉田裕氏をはじめとする近代史家の本を基にしている。そのため、歴史修正主義と呼ばれる書物を目にしたことがなかった。
「ひめゆりの塔」に関する発言をした国会議員の弁明を、『月刊正ONLINE』で読んだ。

弁明
 インタビューの内容をそのまま文字化しているため、理解しづらい。言葉を拾っていくと、「憲法改正」や「東京裁判史観」、「日本の独立」が、講演内容のキーワードと思われる。この講演は、「憲法改正」に前向きな人々に向けた内容だった。

 最終目的は「憲法改正」。何を変えたいのか、内容は不明。
インタビューによると、東京裁判史観が色濃く残るのが沖縄県だという。日本軍は侵略者で米軍は解放者とする歴史観は、間違っていると主張する。

 読んでいると、議員個人の主観で話をされている。客観的な事実や資料を示さない。一冊の書物を挙げているが、それだけでは論証したことにならない。
講演会に集まった人たちは、感心しつつ聞いていたのだろう。ある意味、エコーチェンバーである。
「反対」や「反発」したと言われるかもしれないが、ずいぶん時間が経っている。講演を聞いたその場で、反論しなくては…。

 この議員。持論を展開する地を間違えたと思う。
戸邉秀明・東京経済大学教授が「政治家の歴史利用」として朝日新聞に記事を載せている。

 ひめゆりの生存者や引率教員は戦後、自分たちの被害の理由を徹底的かつ批判的に検証しました。自分たちは、なぜ何の疑いもなく日本軍に従っていたのか。県内随一の教育機関に学ぶエリートとして、軍国主義教育の先兵になっていたからでした。
痛切な反省を踏まえた歴史を検証した結晶が、彼女たちが作った資料館の展示です。


 沖縄だけでなく、広島や長崎でも、記憶の風化にあらがうように、市民の共同作業として歴史の検証が続けられてきました。自分たちに都合の悪い事実でも、直視する。それが住民目線の戦争像として、博物館の展示などに反映されてきた。そうした息の長い営みに、この発言が耐えられるはずがありません。

 沖縄戦に関する研究が進んでいるからこそ、議員の発言に対してしっかりと反論ができたといえる。戸邉先生は、こうも指摘する。

 今回のような発言をすっと受け入れる余地が生まれているように見えます。一部の政治家の発言だからと軽視すべきではありません。

歴史学者のデボラ・E・リップシュタット氏が、歴史修正主義についてこう述べる。
同氏はホロコースト(ユダヤ人虐殺)否定者と法廷で闘った学者である。

 歴史的な出来事は体験者から直接話を聞けなくなると、遠い過去の昔話になり、否定や作り替えの入り込む隙間が大きくなります。

 私たちにはファクトチェックしてくれる存在が必要です。独立し、事実を追求し精査できる活力ある報道が必要なんです。

 いまは非常に多くの政治的リーダーがでっち上げをして、まるで事実のように言い募る時代です。我々は、国の中で一番偉い人にでも、世界一偉い人にでも「証拠を示せ」「事実を示せ」と言い続けることが大切です。
私たちにできることは、根拠を要求すること。いまは善き人ほど沈黙してはいけない時代だと思います。


 デボラ氏が述べるごとく、メディアと学問の果たす役割は大きくなっていると思う。

参考文献
「ひめゆりの塔」発言訂正の真意、私は事実を語った(月刊正論ONLINE)
「政治家の歴史利用」戸邉秀明(2025年6月12日付朝日新聞・交論)
「歴史のフェイクとどう闘うか」デボラ・E・リップシュタット(2017年11月28日付朝日新聞)
posted by 山川かんきつ at 20:10| Comment(0) | 作家と戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする