読み進めると、今の国会で議論されている日本学術会議の問題と重なってくる。
清沢は述べる。
学術研究会議改組の目標は、これを以て各方面に跨る研究団体や組織の中枢神経となし、兎角に散漫になりがちな科学同院に総合的統一を与へるためである。元来同会は大正九年に創立をみた政府唯一の学術研究連絡機関であるが、従来は他の同じやうな機関が然る如く単に社交機関視されて、具体的な功績を遺すに至らなかった。それを今回改組して科学研究動員の参謀本部たらしめんとするに至ったのだといはれる。
日本学術会議の前身は、大正時代にあったらしい。論考は昭和18年に書かれている。ミッドウェー海戦以後、米軍に押され続けていた頃である。
政府としては、自然科学系の学者を動員する意図があったと思われる。
清沢は同研究会の改組に賛意を示しつつ、危惧する点も述べる。
斯くて記者は文部省の今回の処置には原則的に賛成であるが、ここに二三の注文がある。
第一には政府が余りに統一の整理のと学問と研究に干渉せざらんことだ。(途中省略)
政府の役目は、ただ学問の研究に便宜と聯絡を与へる程度であっていいと考える。
第二に今回の学術研究会議が単に形式的な陣立に終わってはならぬことだ。同会議の中には研究動員運営の期間として、会員及び各関係官庁代表者約五十名を以て科学研究動員委員会を設けることにしこれを各大学、専門学校の教授陣と連結せしめてゐる。
第三に懸念されるのは、この会議が官僚一色に塗りつぶされて居りはしないかの点だ。過去においても動員とか、統合とかといふと官僚を中心にする傾向があった。産業界においては流石にそれでは実効があがらないことを現実に発見して、普ねく産業人を動員するやうになったが、他の部門、殊に学界の方面では依然官学中心の傾向にあるのは大学院の問題にも見られたところだ。各省の役人と官学の教授連の連結では、それが形式化する可能性は可なり多い。人材を普ねく朝野に発見することは絶対に必要である。
現在、審議中の日本学術会議に関する報道に接していると、清澤が危惧する点と重なる。
とくに、第一で述べる「政府が余りに統一の整理のと学問と研究に干渉せざらんことだ」の一文である。
昭和18年の改組でも、懸念を示すジャーナリストがいた。80数年を経た現在、またもや懸念される状態にある。
清澤は論文を、次のようにしめくくる。
記者は学術研究会議の改正に賛意を表するが故に、願はくはこの会議が単に目前の問題のみに終始することなく、学問の本質に顧みて遠く慮かり、かつ人文科学の方面においても活動の動力とならんことを希望するのである。
報道に接するかぎり、日本学術会議を法人化するメリットがわからない。NHKのニュースサイトによると、会長経験者6人が声明を出している。
法案には学術会議をよりよいものにしようという理念は感じられず、この機会に監視を強めて政府がコントロールしようとしているように感じる。
清澤の論考に、日本の教育は国家に有益な者を育てるためだというのがある。
コントロールは、「統制」である。
清沢洌の論考や日記に目を通していると、現代と繋がったり、似かよったりするのを感じる。気のせいと思いたいのだが、哲学者鶴見俊輔の著作に次のような一文がある。
今の日本を理解するために、その背景として1931年から45年までの、長い戦中の年月の日本を背景としておくことが大切であるように思います。
学術会議の問題以外にも、公文書管理やお役所の体質など戦前・戦中と変わらぬのを感じる。ジャーナリストは発表報道ばかり伝えるのではなく、政府やお役所に説明責任を果たさせなければ…。
■参考文献
『暗黒日記』(清沢洌・評論社・1995年)

暗黒日記: 戦争日記1942年12月~1945年5月 - 清沢 洌, 橋川 文三
『戦時期日本の精神史』(鶴見俊輔・岩波現代文庫・2015年)

戦時期日本の精神史 1931〜1945年 鶴見俊輔 岩波書店




