2025年06月03日

学術研究会議 清沢洌の論考から

 清沢洌に、「学術研究会議に望む」と題する論考がある。昭和18年12月に、東洋経済新報の社論に掲載されている。
読み進めると、今の国会で議論されている日本学術会議の問題と重なってくる。
清沢は述べる。

 学術研究会議改組の目標は、これを以て各方面に跨る研究団体や組織の中枢神経となし、兎角に散漫になりがちな科学同院に総合的統一を与へるためである。元来同会は大正九年に創立をみた政府唯一の学術研究連絡機関であるが、従来は他の同じやうな機関が然る如く単に社交機関視されて、具体的な功績を遺すに至らなかった。それを今回改組して科学研究動員の参謀本部たらしめんとするに至ったのだといはれる。

 日本学術会議の前身は、大正時代にあったらしい。論考は昭和18年に書かれている。ミッドウェー海戦以後、米軍に押され続けていた頃である。
政府としては、自然科学系の学者を動員する意図があったと思われる。
清沢は同研究会の改組に賛意を示しつつ、危惧する点も述べる。

 斯くて記者は文部省の今回の処置には原則的に賛成であるが、ここに二三の注文がある。
第一には政府が余りに統一の整理のと学問と研究に干渉せざらんことだ。(途中省略)
政府の役目は、ただ学問の研究に便宜と聯絡を与へる程度であっていいと考える。


第二に今回の学術研究会議が単に形式的な陣立に終わってはならぬことだ。同会議の中には研究動員運営の期間として、会員及び各関係官庁代表者約五十名を以て科学研究動員委員会を設けることにしこれを各大学、専門学校の教授陣と連結せしめてゐる。

 第三に懸念されるのは、この会議が官僚一色に塗りつぶされて居りはしないかの点だ。過去においても動員とか、統合とかといふと官僚を中心にする傾向があった。産業界においては流石にそれでは実効があがらないことを現実に発見して、普ねく産業人を動員するやうになったが、他の部門、殊に学界の方面では依然官学中心の傾向にあるのは大学院の問題にも見られたところだ。各省の役人と官学の教授連の連結では、それが形式化する可能性は可なり多い。人材を普ねく朝野に発見することは絶対に必要である。

 現在、審議中の日本学術会議に関する報道に接していると、清澤が危惧する点と重なる。
とくに、第一で述べる「政府が余りに統一の整理のと学問と研究に干渉せざらんことだ」の一文である。
昭和18年の改組でも、懸念を示すジャーナリストがいた。80数年を経た現在、またもや懸念される状態にある。

 清澤は論文を、次のようにしめくくる。

 記者は学術研究会議の改正に賛意を表するが故に、願はくはこの会議が単に目前の問題のみに終始することなく、学問の本質に顧みて遠く慮かり、かつ人文科学の方面においても活動の動力とならんことを希望するのである。

 報道に接するかぎり、日本学術会議を法人化するメリットがわからない。NHKのニュースサイトによると、会長経験者6人が声明を出している。

法案には学術会議をよりよいものにしようという理念は感じられず、この機会に監視を強めて政府がコントロールしようとしているように感じる。

 清澤の論考に、日本の教育は国家に有益な者を育てるためだというのがある。
コントロールは、「統制」である。
清沢洌の論考や日記に目を通していると、現代と繋がったり、似かよったりするのを感じる。気のせいと思いたいのだが、哲学者鶴見俊輔の著作に次のような一文がある。

 今の日本を理解するために、その背景として1931年から45年までの、長い戦中の年月の日本を背景としておくことが大切であるように思います。

 学術会議の問題以外にも、公文書管理やお役所の体質など戦前・戦中と変わらぬのを感じる。ジャーナリストは発表報道ばかり伝えるのではなく、政府やお役所に説明責任を果たさせなければ…。


■参考文献
『暗黒日記』(清沢洌・評論社・1995年)

 暗黒日記: 戦争日記1942年12月~1945年5月 - 清沢 洌, 橋川 文三
暗黒日記: 戦争日記1942年12月~1945年5月 - 清沢 洌, 橋川 文三

『戦時期日本の精神史』(鶴見俊輔・岩波現代文庫・2015年)

戦時期日本の精神史 1931〜1945年 鶴見俊輔 岩波書店
戦時期日本の精神史 1931〜1945年 鶴見俊輔 岩波書店


posted by 山川かんきつ at 22:38| Comment(0) | 清沢洌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月23日

カナダとアメリカ

カナダの人々にとって、トランプ政権は脅威の存在になっているようだ。
今月22日付朝日新聞の「カナダ併合 脅威になった米国」に目を通した。

 「カナダを米国の51番目の州に」。
 トランプ大統領がそう言い始めたころ、多くのカナダ人が悪い冗談だと思っていた。
米国とカナダは、戦後の「リベラルな国際秩序」の礎石と言える関係だった。
米国主導の貿易拡大と同盟国の安全保障が柱だが、その信頼は今や、見る影もない。


 大統領の発言は、駆け引きの一部だろうと思っていた。本気のようだ。
「米国とカナダは、戦後の「リベラルな国際秩序」の礎石と言える関係だった。と、記事は伝える。両国の信頼関係は、もっと前から築かれていたようだ。
清沢洌は1928(昭和3)年に著した「軍備撤廃の期到る」で、こう記す。

清沢洌評論集 (岩波文庫 青 178-2) - 清沢 洌, 山本 義彦
清沢洌評論集 (岩波文庫 青 178-2) - 清沢 洌, 山本 義彦

 大国と大国とが国境を接しておっても、それは必ずしも軍備の競争を惹き起こさないことは、米国とカナダの国境には百数十年以来、全く軍備がなく、三千マイル以上の国境を無防備に露出しておいて、かつて両国とも不安を感じたことがないのに見ても明らかである。

近来米国は軍国的国家の色彩が漸く明らかになって来たけれども、カナダ国民自身はこれに対して何らの脅威を感じておらない。
これはカナダは隣国の米国が、同国を侵略することのないことを確信しているからである。


 それは国防というものが地理的関係で生まれるものであるよりは、その国民が他国民に対する信不信の心的境地から生まれる警戒の念に発するが故でなければならぬ。

 就任当初、「トランプリスク」なる言葉を新聞紙上で目にした。これから、もっと顕在化するかもしれない。
信用を得るには長い年月が必要だが、失うのは一瞬のようだ。

■参考資料
「カナダ併合」脅威になった米国 2025年5月22日付朝日新聞
『清沢洌評論集』(清沢洌・岩波文庫・2013年)
posted by 山川かんきつ at 22:46| Comment(0) | 清沢洌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年01月15日

『教育の国有化』 清澤洌の著作から

 清澤洌は、昭和初期に活躍した外交評論家。同氏の論考や日記は、15年戦争時に関心をもつ者にとって、有り難い一次資料である。
清澤の論考は、アメリカ戦略爆撃調査団資料と相性が良い。また、鶴見俊輔や司馬遼太郎の論考などとも繋がる。
それだけでなく、清沢の指摘は現代にも通じるところがある。やはり、戦前・戦中と戦後は変わらぬ点が多々あるのかもしれない。

 前回にひきつづき、清澤が昭和10(1935)年に著した「教育の国有化」をとり上げる。当時の雰囲気をうかがえる内容にして、現代にも通じそうな内容である。今回は、2つに絞って記す。

暗黒日記: 1942-1945 (岩波文庫 青 178-1) - 清沢 洌, 山本 義彦
暗黒日記: 1942-1945 (岩波文庫 青 178-1) - 清沢 洌, 山本 義彦

注入主義教育の結実
 近頃どこに行っても、一番目につく現象は国家と社会を憂うる人士が非常に多くなったことだ。こんな人がと思う人まで口を開くと、国家の前途を如何とか、社会の改革を断行せねばならぬとかいってまわっている。

 
 昭和10年の大きな事件といえば、天皇機関説と国体明徴宣言。前年に陸軍パンフレットが発行され、すこしずつ国家主義へと舵を切り始めた頃だろう。巷では、不安をあおる言説が目につくようになったのであろう。
寺田寅彦が『天災と国防』(昭和9年)で、こう記す。

天災と国防 (講談社学術文庫 2057) - 寺田 寅彦
天災と国防 (講談社学術文庫 2057) - 寺田 寅彦

 「非常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりした意味のわかりにくい言葉がはやりだしたのはいつごろからであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが遠い水平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の底層に揺曳(ようえい)していることは事実である。

 清澤はある役人から聞いた話をつづる。数人の大学生が、その役人のもとに訪れたそうである。当時の大学生といえば、知識階級である。
役人が学生たちに訪問の趣旨を尋ねると、日米間の経済問題についてだった。

 日米間の貿易は近頃、日本にとって非常に入超になっている。それが毎年毎年増加して行っているのだ。昭和七年の入超は六千五百万円ばかりであったのが、八年は二億三千万ばかり、昨年は実に三億四千万円にもなっているのだ。
「日本はアメリカからこんなに買越しになっています。一体、外務省などは何をしているんですか」と、その学生代表者は卓をたたいていうのである。


 役人は学生たちに聞き返す。

「それならお聞きするが、アメリカから輸入する何を止(よ)したらいいというんですか」
アメリカから来るものは、綿花と鉄と油と機械だ。日本が産業的発展を期するために、その内のどれを排斥出来るのだ。


役人は学生たちに答える。

「僕も学生時代があった。だがわれらの学生時代は諸君のように、上すべりではなくて、今少し内容も研究しましたね」。
 日米両国の貿易が、日本側の不利になっている。その事実に気がつく事は、テンで気がつかないものよりどれだけいいか分らない。しかし既にこの事に気がつく以上は、更にその内容がどうなっているかを研究して、その事実の上に立脚して、真面目な建設的対策を研究すべきはずである。その心構えが、現在の学生にあるだろうか。


 清澤は、こう結論づける。

 注入主義教育の果実は、一つの問題を概念的に受け入れて、かつてこれを掘り下げることをしないことだ。国を憂うることは結構だが、その内容の検討と、それから生まれる対案がない。

 清澤の結論は、現代にも通じるように思う。表面だけを取り上げて、深掘りしない。報道でも見受けられる。そうなると、自分で資料に当たるほかない。ネット上の情報は玉石混淆と言われるが、つぶさに見ていくと、玉のようなサイトはゴロゴロしている。情報流通業のメディアは、こうしたサイトにも目を向けるべきだろう。

 「日米両国の貿易が、日本側の不利になっている」。これと似た発言をされる次期大統領がおられる。「deal」がお得意のようだが、彼も表面だけ取り上げて深掘りしないタイプの人物かもしれない。
 清澤は、この論考でもうひとつ指摘する。

学問に対する尊敬の問題
 学問に対する侮辱が近頃ほど甚だしい時代はない。かつて学問というものが、法外に尊重されたこともあった。その反動かもしれないが、しかし最近は何十年間、学者が研究した学説などというものも、酒屋や八百屋の小僧さんたちの侮言を買う材料にしかならない程度である。

 清澤の言う「軽侮される学問」は、社会科学や人文科学を指すようである。原因についてこう指摘する。
@科学はその結果が実験によって直ちに明らかになるからである。これに対して、広い意味の社会科学は、その結果がなかなか明白にならい。
Aかれらといえども憲法の問題や、政治の問題や、国際関係の問題について、その知識において、何十年もそれだけを研究している人々に比し
て、自分が優っていると考えない。だがそれにかかわらず、その意見だけは自身が絶対に正しいと考えるのである。

 「理高文低」は、現代だけでなく昭和初期にまで遡れそうだ。日本学術会議任命
問題も、こうした意識が根底にあるかもしれない。
清澤が指摘する「その意見だけは自身が絶対に正しいと考える」は、現代でも見受けられる。とくに、太平洋戦争開戦に関してそうした考えを述べるサイトを見かける。

 そこには、納得できる客観性が乏しい。一次資料を用いた説明がない。
すくなくとも、『杉山メモ』くらいは引用しつつ論を進めて欲しい。 

参考文献
『清沢洌評論集』(清沢洌・岩波文庫・2014年)
『現代日本論』(清澤洌・千倉書房・昭和10年)
『天災と国防』(寺田寅彦・講談社学術文庫・2011年)
posted by 山川かんきつ at 16:49| Comment(0) | 清沢洌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする